2009/08/20

『終の住処』を読んで

今週一杯仕事は休み。今日は家事をしない日と決め、今朝は、昨夜から読みはじめた芥川賞受賞作『終の住処』とその選評を楽しみました。

読んでいたときの私の感想:

  • 小説の中の状況や景色の表現の一つ一つに、作者がそれまでの人生で経験したことが50%あるいは100%誇張されて表現されているような印象がする。
  • スジは徐々におもしろくなってきたが、そのことよりも、個々のディテールが目立ち、行き過ぎな表現だとは思いながらも、そうだそうだとうなづく。
  • 小説家は、こうしたディテールを常日ごろ部品として使えるように準備していて、作品としての製品を作る過程で、これらを加工・微調整しながら、全体の中に配置し納めていくのだろうな。
  • おもしろかったのは:
    妻と娘と一緒に遊園地に行った翌日から11年間、妻との対話をしないでいたのに、「家を建てよう」という言葉が、停止していたビデオ・テープを開始させるボタンのように働いて、再び家族の生活が始まる、というところ。

その後読んだ選評は、そういう捉え方もあるのかという選者の視点がおもしろく、そこから、選者の人となり考え方が伝わってきました。
さらに、受賞者インタビューでは、三井物産に勤めるというサラリーマン作家の人となりや小説にこめた意図などを知ることができ、久しぶりに気持ちのよい朝になりました。

小説は、書いた人、選んだ人を知るためのものかもしれない

などと思ったすぐ後で、いやその前に、それを読んで、そこから何を感じるか、考えるかという、自分を知る手立てなのだ、と思いなおしました。


『終の住処』の書評等: お勧めというわけではありませんが、参照した記録として。

2009/08/22 11:06


http://www.book.janjan.jp/0907/0907217521/1.php
http://ameblo.jp/tonton3/entry-10312377910.html
http://d.hatena.ne.jp/sakstyle/20090517/1242574247
http://pokemon.at.webry.info/200908/article_14.html
http://blog.livedoor.jp/nina313/archives/51293890.html
http://book.akahoshitakuya.com/b/410317711X
http://www.honsagashi.net/bones/2009/08/post_1564.html
http://blogs.yahoo.co.jp/gogokoniyan/49165706.html
http://essaysinidleness.net/review/bookreview/20090725001343.html http://saysei.blog.drecom.jp/archive/1097
http://natsuo-omodaka.no-blog.jp/qualia/2009/08/post_4c4d.html
http://www.honnomushi.com/review/2009_08/0003.htm

2009/08/10

さとうきび畑

8月8日の朝日新聞「be on Saturday」"うたの旅人"特集は、森山良子の「さとうきび畑」でした。

記事に見入りながら、指でぬぐってはじめて、涙が流れていることに気がついた。

買い物ついでにCDを借りてきてiPodに入れようと思ったとき、そういえばこの家のどこかにCDがあったような気がして、探してみると、ちゃんとあるではないか。

♬ざわわざわわ ざわわざわわ ざわわざわわ....♬私は、背の高いさとうきびの畑に入って、緑の波がうねるのを見、夏の陽ざしの中を通りぬける風を感じる。

このうたは、そのリアルな情景のイメージだけではない、もっと深いものを聴くものの心に運んでくる。

外は雨。梅雨明け宣言もされたのに、北陸では長い梅雨がまだ明けない。 「このうたはカッと暑い夏の日ざしの中で聴くうただな」などとコメントしながら、涙が止まらない。

 

作詞作曲の寺島尚彦さんは、34歳の時、『住民を否応なく地上戦にまきこんだ沖縄戦を伝えるため、音楽家として作品を残す、と思い至った』そうだ。そして、『受けた衝撃を言葉や曲に表現するまで3年近い時間がかかった』という。

思いを、このようなかたちで人に伝えられる、なんとすばらしい芸術家だろう。自分は人に何を伝えられるだろうか? ....ない。ないけれども、このうたのすばらしさを感じて、それを喜びとすることができる。それだけでいいではないか。才能がなくとも、表現したいことを持つことは、大切なことだ。お金がなくとも、心が豊かであれば、いいではないか。
さらに、思いはめぐる......

そして、苦しみがあるとすれば、明るく澄んだ声で歌えばいい。
以上が、8月8日の経験だったのに、本日、8月9日、同じレコードを聴いても、そのとき感じた感動の追体験はできませんでした。

2009/07/24

友の命を救う

7月24日午後2時ごろ、N君(中学・高校の幼馴染)の実家を訪れ、畳の上に倒れている彼を発見し、救急車を呼び、病院に送り出しました。
動けなかったものの、意識はあったので、低血糖だろうと思っていたのですが、結果としては脳梗塞ということです。
私と会う約束をしていたことが、命拾いになりました。

私の母は、亡くなったN君のお母さんと仲良しの友達で、小学校のときに彼の担任であったこともあり、彼も私の母に会いたいと言っていたので、彼を私のうちにつれてくることにし、足の便がない彼を、約束の時間の10分前に迎えに行きました。
昨年の夏、彼のお母様がなくなってから、彼の実家は、誰も住んでいません。
彼は、お母さんの法事(7/25予定)のために千葉から帰ってきていました。

呼び鈴を押しても応答がありません。もう一度押してみても反応がない、けれども、中に人の気配はするので、変だな、と思ったものの、準備に手間取っているのだと思い、しばらく待つことにしました。
普段は留守宅のはずなのに、家の中も外も、きちんと掃除が行き届いています。
"ふーん、きれいにしているんだ(=住人がいるにもかかわらず、ぜんぜん片付かない私のうちとは大違いだ"

"呼び鈴”と書いたボタンが玄関の中に1つ、押してみると、「うーん」とか言う声がするので、"明日の法事の用意のために何か忙しさが残っているのかな、.あるいは、お昼を食べそこねたので何か急いでつまんでいるのかしら..." あるいは...「オオ~イ、起きてるか ?」と少し声を大きくすると、「うーん」とか、ガサガサという音。


明快な反応がない分だけ、なんだか踏み込んではいけないような気がします。玄関のドアの外側に、それとは別に、本玄関への入り口を覆う雪よけの外玄関の脇に、3つ目の"呼び鈴”ボタンを発見。今度はそれを押してみました。
...

その不思議な沈黙は、やはり、何か中に入るのをためらわせる。
何十年も前に、雑踏の駅で待ち合わせをしたことなどを思い出しながら、もう少し待ってみようと思って玄関の外へ。

家の前の車一台の幅の道路の向こう側は、たんぼの稲の、穂を出す手前のたくましく濃い緑が連なっていて、静かにそよいでいます。
(う~ん、やはり、おかしい)、取って返して、家の中に入りました。

N君がテーブルの横に仰向けに寝、テレビがついていて、扇風機も回っています。「酔っ払っているのか?」返事がよく聞き取れないので、近くによってみると焦点が定まらない、うつろな目。動けないようだ。お漏らしもしていて、とにかく、ただ事ではない!

彼は糖尿病だといっていたので、低血糖を想定しました。糖が足りないのかもしれないから、と思い、かってきた饅頭を食べさせてみました。がうまく食べれません。甘い飲み物があればと思い冷蔵庫を開けても、飲み物は缶ビールのみ。

発音が不明瞭でよく聞き取れないけれども、話しはできるので、要望どおり、椅子に坐らせたり、トイレに連れて行ったりする中、救急車を呼ぶのが一番と判断しました。今から思うと、もっと早く、そう判断したほうがよかったと反省していますが。

しかし、そこからがまた大変でした。

救急車を呼ぶにしても、妹さんなどの、この事を知らせる電話番号などを事前に調べなければいけません。家の中にはなし。では、お隣の本家にと思ってたずねてみたものの、お留守。どこに行ったか分からない携帯電話を、ようやく見つけ、さあと思ったら、充電切れなので電源につなぎ、やっと連絡が取れました。

そしてようやく119番。
(携帯電話で119番すると、一番近くの消防署につながることを、確認しました。)

そうこうしているうちに、お隣の方々が戻られ、手分けして、救急車到着までのあれこれ準備をすることができました。

一方、私は、家に母をおいてきているので、N君と私を待っている母に、この事態を告げる必要があったのですが、携帯電話、固定電話で連絡を取ろうとするものの、こちらもずっと応答しないので、何かあったのかと気がかりです。

救急車が発車する前、救急隊員が、本人の住所当確認ができるもの、免許証などがないかというので、お隣のご主人が家に入り、取ってきてそれをもって救急車に乗り込みました。

救急車の後について私も黒部市民病院へ行くつもりだったのですが、同じく救急車の後について行こうとしている隣のおばさんの携帯に連絡が入り、救急隊員に渡されたその免許証は、私の免許証であったことが、判明。家の中を探すと、彼の財布と、その中に免許証が出てきました。ついでに、私の財布も。

隣のおばさんは、私は免許不携帯だから、病院にはいかないように、免許証は後で届けるとおっしゃいます。私も、母がどうしたのか気がかりで、その提案を受け入れることにしました。

家に帰ると、玄関に、「郵便局にいってきます。」と置手紙。
郵便局までは、1kmぐらい。昨年夏までは、足こぎ三輪車(80歳ぐらいまでは二輪 自転車でしたが、それ以降) で週に一回ぐらいは買い物に行っていましたが、今はもう三輪車は無理です。
歩行補助の手押し車でのろのろと一人で夏の午後3時を歩くのは危険です。あわてて、免許証不携帯で、追いかけ、帰路にあった母を無事保護しました。

夕方6時半ごろ、N君の義弟さんが我が家を訪れ、脳梗塞であったということを、知らせてくれました。
救急車を見送ったときは左手がよく動かないようだったけれども意識はしっかりしていたので、それ以上悪くならないことを祈ります。

今、一緒にすごした1時間以上の詳細は分かりませんが、入院先は黒部市民病院なので、癒しになるならば、私はいつでも駆けつけるつもりです。