2009/01/31

ハウツーを適用するときの前提

よくできたハウツーものの本には、なるほどそういうことなのか、と思わずうなづいてしまうところがあるが、実は、本当に必要な、それを適用するための条件や前提について、欠けているものがある。

ものを捨てるには、定期的に、整理するための時間をとり、要るか要らないかを判断し、要らないものを捨てろ、と書いてある。
すばらしい、そのとおりだ。でも、整理するための時間が無い。分類項目が多すぎて、収集がつかない。今要らなくても、過去1年はおろか、4~5年は参照しなかったけれども、そこにあるのは、いると思ったからであり、そのいると思った気持ちをリセットしないで、今まで保ってきたからである。

一年間参照しなかったから捨てられるのは、ほとんど関心の対象が広がらないと確信できていて、その中でそれが既に陳腐化しているか、向こう1年ぐらい経つとほとんど陳腐化すると容易に予測できるもの、である。

散らかって、ばらばらに存在していたメモを、雑記帳というタイトルのノートに、ただ貼り付けるだけでも、整理だ。領収証を、厚手の卓上ダイアリーのその週のページに分厚く重ねては貼るだけでも、大きな進歩だ。

頭の中の整理をGoogleさんに任せる

頭の中をGoogleさんに整理してもらう方法を考えついた。

これまでに溜めた整理し切れていない情報を、自分のメールに添付してカテゴリー/ラベルをつけ、後の整理はGoogleさんにお任せするのだ。
新聞や、雑誌、ランダムに溜めた紙情報に、次のような情報を付加して登録すれば、自分の頭の中の整理ができる。これは、夢の代わりをやるようなもので、整理中に、本当の夢と同じように、果たせなかった夢中夢を浮遊することになるかも知れない。名づけて、" dreams oriented by information"
  • なぜその情報を残そうと思ったのか、その情報のどこに、引かれたのか、できればその背景となる状況、それが難しければ日付情報だけでも残す。
  • 後で読もうと思って残したのならば、時間がなかったか、知識を補おうと思ったか、かつての知識と最近の動向とのマッチングのためか、それとも....

ちぎったり、切り取ったりした情報は、できるだけスキャナーで読み取り、紙は捨てる。読み取る必要性を感じないものは、問題が解決したか、充分知識がついたか、記録として残す価値がなくなったかで、そのときの自分にはもはや大切な情報ではなくなったのだ。そうすることによって、物理的な整理ができる。

これまで、捨てる、、ということに関してもいろいろな方法を読んだり聞いたりして試してみたが、どうやらこれが一番よさそうに思える。

整理

整理をするためには、散らかしたのと同じぐらいの時間が必要である。