2014/03/21

妄想 それとも 暴走


NHK「課外授業 ようこそ先輩」という番組で、林真理子"先生"が、"妄想”をテーマにし、子どもたちへ「十年後のシンデレラ」の世界を妄想した物語を書くように、との課題を出す、というのをやっていました。
中学時代、ひどいイジメにあい、その危機を“妄想”の力で乗り越えられたそうです。
エンターテイメントとしては面白かったのですが、教育現場、そして、NHKということを考えると、言葉としては、妄想*よりも、想像あるいは空想、連想、夢想、あたりが適切ではないのかなと思いました。

個人のあたまの中だけで閉じている妄想は、たとえ表に出ても害がなければ許されるのでしょうが、それが癖になると困ります。
ヒトのあたまの仕組みは、自覚している妄想であっても、温めすぎると、虚像と実像の区別が本人でも分からなくなってしまうことがよくありますからね...
(エッ、どこかの市長さんのような発想になっていますか?)
*妄想  ( 出展Wikipedia)
妄想(もうそう:delusion)とは、非合理的かつ訂正不能な思いこみのこと。
妄想を持った本人にはその考えが妄想であるとは認識しない(むしろ病識がない)場合が多い。精神医学用語であり、根拠が薄弱であるにもかかわらず、確信が異常に強固であるということや、経験、検証、説得によって訂正不能であるということ、内容が非現実的であるということが特徴とされている。
日常的な会話でも用いられることもあるがそのときはいかがわしい考えや空想を表し、必ずしも病的な意味合いを含むわけではなく軽い意味で使われている。

小説や映画などは、本当に見せかけた嘘のストーリーでも問題はない、しかし、その嘘が実話の世界で展開されるとなると、話が違う...ということですかね。
明らかに嘘とわかる、あるいは、その嘘を見破ることができればニコニコしていられますが、本当だと思っていたものが実はそうでないということが分かったら、だまされた、と言って怒り出すか、気分を悪くします。
しかも、いい話だ...と気を許して、感動さえしていたわけですから。

"願望"も注意を要します。特に、歳をとってくると...
こうなりたい、こうしたい、という気持ちは、子供や若い人、とっては"夢"ですが、いろいろ経験を積んでひねくれてくると、許されないとされることであっても、それを実行する人がいっぱい出てきます。

先日、友人あてのメールに、次のように書いていたことが、今私の頭を悩ませています。

4月の初めごろは、少なくとも千鳥ヶ淵の桜を撮りたい、よいレンズか、よいカメラで....と思うと、あれこれ悩みます。
初めはちょっとした夢ぐらいだったのが、今は強い願望となり、なけなしの貯金を取り崩して買おうか、という妄想が走り出しました。
いや、暴走かな?

2014/03/16

確定申告締切前日のインターネット切断

まだ、確定申告書作成中です。

締め切りは明日。決算書作成がまだなのに、午前、インターネットの接続ができなくなって、さあ大変...
外は雨、風も強くなり、外と同じように、私の気持ちも低気圧..

実家(ADSL)では、ここ数年、インターネットの接続が時々切れることがあります。ほぼ一年前にモデムを取り換えてもらったというのに。
その後もよく接続切れが発生するので、気が向いたときに、つまり、気分が低気圧のときに、苦情の電話をしてきました。ほとんどの場合、電話をするときには回復しているので、様子を見よう...ということに落ち着き、そのままの状況が続いていました。

午前、故障受付に電話すると、「今(修理対応が)混んでいますから、明後日では...」という応答。
「とにかく明日までに作成して送付(e-Taxで)しなければならないのだから...」と、低気圧の私の、大きくなった声が幸いしたようで、しばらくして、修理の人がやって来ました。
その時には、いつものように接続が回復していました。

モデムにPCを接続して、何やら回線の検査をしている様子、
「インターネットの接続が切れるときは、必ず天気が悪い...」という私の声が聞こえたのかどうか、小さく唸るような声...

そして、「絶縁が悪いみたい。ちょっと、見てきます。」と外へ出ようとします...
「止まるのは困るんです! 止まるんならば、明後日以降にしてください。」
「10分でも?」
「10分ならいいです。」
「1時間は?」
「それも、いいです。」

しばらくして修理のおじさんが戻って来ました。
今度は大きな声で、自信にあふれた顔でした。
電柱の上の腐食した引き込み線を修理したそうです。
「混線状態になる寸前ぐらいだった...」

インターネット回復。
その後、決算処理の作業は、ほんの少しだけ進みました...
完了予定は、明日、午前、いや、午後...

ところで、誤解のないように言っておかねばなりませんが、青色申告といっても、町の写真展奨励賞ぐらいしか収入のない、自遊業の私の決算は、ただ赤字の処理をするだけです。

確定申告関連システム、当初、とてもとても、とっつきにくかったのですが、だんだん慣れてきて、このごろでは、税務の仕組みが分かったような気になり、"なかなかいいシステムである"と思えるようにさえなりました。(これは錯覚です。毎年、確認しています。)
それでも、e-Taxシステムは、毎年、進化しているように見えます。
毎年、買い替えを迫ってくるのを無視して使い続けている会計ソフト「弥生」にも、複式簿記の仕方を教えてもらって、感謝しております。
もう少し、使いやすさを求めますが...

バランスが取れるまで許してくれない複式簿記をやると、いろいろな意味でのバランスを取ることを考えたり、とんでもない方向に逸れて夢想している自分に気が付いたりして、楽しくさえなってきます。

ところで、ところで、こんなことをしている場合ではなかったのです....
続きはまた...

2014/03/12

ミラメイズ(立体迷路)

facebookで投稿した写真に写りこんでいた茶色の物体(建物)、3/15にオープンするミラージュランドのアトラクションで、迷路だそうです。先ほどのニュースで知りました。
5階建ての立体迷路で、ゴールまで25分ぐらいかかるとか。迷ったら、抜け出せる脱出口もあるそうです。
http://www.nice-tv.jp/~mirage/



私は今、脱出口のない迷路にはまって、1週間以上...

締切が迫っている確定申告の画面は、ずっと入り口のまま...
学生症候群にも陥っています。

さあやろうと思うと、カメラやレンズのことが気になってそちらの方に迷い込み、一向に進みません。

しかし、昨日、魚津漁港で初めてお会いした、ニコンD800に1360gもある80-400mm の望遠レンズをつけて軽々と歩いていた、蜃気楼研究会のTさんとお話したおかげで、少し糸口が見つかりました。

① D800Eかな...少なくとも、Dfは対象から抜けたかな...   そして、今は、必ずしも、フルサイズである必要はないかな...とも.. 
② D7100、または、D5300...でも..    添付のミラメイズの写真{上)は、D5200で撮った写真(下)から切り出したものですが、それなりに、しっかりと写ってます。    GPS、WiFiをつけたD5300が、Expeed4という新しい画像処理エンジンでどう進化したのか、あるいはしないのか、を確かめたくなりました。 
③ それとも、フルサイズ用の明るいレンズを先行投資...
④ 何もしない
確定申告が間に合って少し戻ってきたとしても、上記①②③のどれにもちっとも貢献しないので、今年の桜の写真は、今のままで行くしかない....というのが、落ち着く先でしょう。
いや、脱出口 かな ...

2014/03/10

物語 あるいは ストーリーについて

*千葉ロッテにドラフト一位で入団した石川歩投手をご存知ですか。この人、魚津市の出身です。魚津西部中学(中略)・滑川高校・中部大学・東京ガスを経て千葉ロッテに入団です。ドラフトで巨人とロッテが指名したくらいだからきっと活躍すると思います。


久しぶりに友人から便*(上記)が届いたのに、次のようなぶっきらぼうな返事を返してしまいました。対する返事はまだ来ていません...

とりつく島もない返事に、きっと、気分を悪くしたのでしょう...
富山にいるとき、ニュースとして耳に入ってきたような気もしますが、あまりあたまに残っていません。とてつもなく背が高いとか、同級生の息子であるだとか、何か物語があると関心が出てきて注目するようになるのですが...
物語を求めるのは、歳のせいですかね。
自分の物語は毎日それなりに展開しているのですが、よそさまに知らせたいというような事態は、そうそうおこりません。
それなら、意図的に物語を作れば材料になる...とばかり、昨日、魚津の海辺で写真を撮ってきました。
https://www.facebook.com/media/set/?set=a.508237985953311.1073741947.100003013410776&type=1&l=b117da9812
あとひと月もすれば、また桜を撮りに出かけたくなります。
4月の初めごろは、少なくとも千鳥ヶ淵の桜を撮りたい、よいレンズか、よいカメラで....と思うと、あれこれ悩みます。
この返事を書いたのは、3月5日。
私の返事の中に"物語"という言葉が出てきたのは、「現代のベートーべン」とされた人のスキャンダルを契機に、"物語" あるいは"ストーリ"という言葉が、テレビや新聞で頻繁に語られるようになって、それまで自分ではあまり具体的に考えたことがないその意味が、無意識にも自分の頭の中「モノガタリ」を作り、どこかでの出番を待っていたからに違いありません。

"物語" あるいは"ストーリ"という言葉がいつの新聞記事であったかを調べてみたら、2月27日と、3月3日のことでした。

  • 「物語」に囲まれて 浸りきってもいいのかな 作家・高橋源一郎
       (論壇時評) 朝日新聞    2/27/2014
  • 就職活動とストーリー 津村記久子
       (となりの乗客 )朝日新聞  3/3/2014

https://sites.google.com/site/itsumonooutlet/sutori-aruiha-wu-yu
(リンク先に、上記記事のコピーがあります)

では、なぜ、「歳をとると"物語"を求める?」と問えるのでしょうか?
歳をとるということは、あらゆるものの先がしぼんで見えるということです。恐ろしいことに、"そう見える"とは言っているものの、実は、本当に、すべてがしぼんでいくからです。
先がしぼんでいるからこそ、"この今を、大きく、張りのあるものにしたい..."と、だれもが望むのです。

物語を、まわりの人や世間が、本当に、認めててくれるようになるには、若さやお金、あらゆる資源が必要です。
しかし、その資源がしぼんでいるのです。

しかし、歳をとっても、平等に与えられている資源がひとつあります。時間です。
そこに気が付けば、しめたもの....

「現代のベートーべン」になる必要はありません。
"今"の自分が、自分のための自分のストーリーを自分で紡ぎ、自分だけでも"わくわく"できればいいのです。

2013/03/09

軽妙な文章を書けるようになりたい...

「電子証明書の期限が切れ、更新が必要になった」ということを主理由にして、千葉に向かいました。

途中のほくほく線沿線、豪雪地帯は、まだまだ雪に覆われています。

すれ違い待ちの駅、ふと外を見ると、何か迫ってくる雰囲気があって、思わずiPhoneのカメラを向け、何枚かを連続して撮りました。




新幹線に乗り換えた後、この写真に次のメッセージをつけ、facebookに投稿しました。
ほくほく線沿線、雪が多いのに春を感じます。撮った写真にも、春を感じさせる何かが写っているのかどうか、季節をずらしてみなければ分かりません...
思っていることを表現できるように、いろいろ試行錯誤した後の文なのですが、うまく言い切れず、何かもの足りなさが残ったままでした。

そして、千葉ホームに帰ってから、結局、次のコメントを追加しました。
軽妙な文章を書きたい...  と題して。
モヤッとかすんだ空気のせいなのか、雪に反射する光のせいなのか、短くなった影の長さなのか、それとも、つい先日上市川の清流に感じたものをこの川にも感じたのか...春を感じさせるものが何なのかがわからず、ポカポカと暖かい新幹線の車内で投稿しました。

疑問だったのは、この写真を見た方が、書いている当人と同じように、写真から春を感じるかどうかでした。

元の文は、伝えたいことをうまく表現できていない感じがしたので、下記のように変えようとしたのですが、くどい感じがして、結局、修正しないことにしました。

「ほくほく線沿線、雪が多いのに春を感じます。
写真に、春を感じさせるモノが写っていてほしいのですが、撮った当事者には、客観的な判断ができません...
ときをずらせてみれば分かるのかもしれません...」
木曜日 20:23
最初の投稿をしたのは、15:44、その時は、新幹線に乗り換えてから30分以上経っていました。

I君からの、16:38づけの次のメールが入ってきたのは、新幹線を降り、30分以内に買い物を終えようと、丸善でエスカレーターをあわてて昇り降りしていたころのことです。

日本の野球は何であんなに弱弱しくなったのでしょうか?  
昨夜のキューバ戦なんか、最近の便秘は加齢か手術のせいだとばっかり思っていたのに「サムライジャパン」のせいだったのだ・・・     (中略) 
M君の軽妙な意見を聞かせてください。
M君とは、メール仲間で、なんでもスパスパ小気味よく切り崩し、面白おかしく料理してくれる秀才のM君。
文才がないと嘆いていた丁度その時のことだったので、"軽妙"の一語が心に突き刺さりました。
私の文は軽妙ではない !  と。

数日前からのメールのやり取りでは、私のメールは、相手に絡んだり、普段以上に長かったり、面白くもないであろう自分本位の話題にあちこち飛んでコンがらかかりまくっていたので、軽妙の正反対のところにあったのです。

東京駅からの電車の中、軽妙について、いろいろ考えてみました。

軽妙、軽妙 類語、軽妙な 英語、軽妙 意味、軽妙 例、軽妙 の要素、軽妙とは....
これらは、iPhoneに残っていた検索履歴です。

家に帰って、facebookの投稿を書き直そうとしながらも、軽妙な文を書く、ということについて考えてみました。


そして思ったのは、軽妙にしたいからと、あとから修正することこそ、軽妙でないことの極み...

軽妙さに潜むポイントのなかでも重要なのは、リアルタイム性、それが欠ければ、軽妙に見えても、軽妙ではないということです。
ということで、あとから追加したコメントのタイトル「軽妙な文章を書きたい... 」を、次のように変えて、この投稿を終えることにします。

軽妙な文章を書けるようになりたい」

2013/02/22

日記よりは時分記

日記よりは時分記


<要約>

 時分記とは、日記のように、1日の終わりに、まとめてその日のことを書くのではなく、空いたとき(時間、分)を利用して、自分の日常を、いや"時分常"を、記録することをいいます。
  "リアルタイム記"、あるいは、"ディレイドタイム記"とよべば、もっとわかりやすでしょうか...

時分記をすると、時・分という、短いサイクルで過去を振り返ることができ、そのことにより、短いサイクルで、未来を見つめ直すことができます。

 “時分記"は、"じぶん記"とも読めます。自分の記録:"時分記"、あるいは"時分記システム"は、「今、この時」を充実させる仕組みです。

たとえば、これから過ごすひとときが、怠惰なヒマつぶしの時間であったとしても、それが、自分で確認し、決断した行動であれば、そうでなければムダとしか言いようのない時間でも、意味のある重要なときになるのです。

"短いサイクル"とは、突き詰めれば、"今"という点になります。点である今の上で、自分の行動を、評価し、予測し、修正することができるようになる、あるいは、そう思えるようになることが成果です。

その点が連続して線として見えるとき、線上の点の一粒一粒が、満足して過ごした生活の刻々の流れを物語って、まぶしく光って輝くでしょう。

<詳細>

10代の終わり、そして、20代のころ、毎日、日記をつけていた時期があります。
なぜ、日記を続けられたのか、要因を考えてみました。
  • 毎日のように、新しいことや印象深いことが身の回りに起きて、これを記録しなければという気持ちが、自然と内からわいてきた。
  • 若かったから、まだ知らないことがいっぱいの世の中で、感受性も高く、日常生活のほとんどのことが物珍しかった。
  • また、わからないことや自分への課題も、次々と発生していた。
  • 起こったこと、体験したことの一つ一つのことは、そのまま記憶にとどまっていた。覚える努力をする必要がなかった。
"あれから40年"(綾小路 きみまろさんの口調で読んでください...)、これらの要因を、今の状況と対比すると、すべてが、逆になっています。
  • 新しいことや印象深いことは、身の回りではほとんど起きない。
  • 面白いことを求めて、新聞やニュース、をあさっている。
  • それでは足りないから、facebookをのぞいたり、それをきっかけに、イベントに出かけたりする。
  • 記録が、行動の指針につながることが薄れ、記録の意味は、次の2つのことが中心になった。
  • あたまで記憶・整理できないから書いて残す
  • ちょっと格好をつけたメッセージ:メールやfacebookの投稿 ; これらをまとめて、何らかの形あるoutputにしたいという願望のため
  • 発見や驚きに関しては、 世の中のこと、何が起こっても、めったに驚かなくなったしまった。何か事件が、自分のまわりに起こったらまた別の話ではあるが...
  • わからないことや自分への課題はなくなったわけではない。むかしと同じように次々と発生はするものの、それらは、行動の指針ではなく、選択と、実行の管理の問題に変わってしまった。
  • 体験した一つ一つのことは、記銘しようと努力しなければ、何も、記憶にとどまらない。
記憶の衰えについては、別途ページを改めて記録しなければならないのですが、それを克服する良いアイデアを思いついたのが、今年の初めのことです。それから、約1.5か月(2月半ばのこと)、いろいろ試しながらやっているのが"時分記"です。

時分記とは、日記のように、1日の終わりに、まとめてその日のことを書くのではなく、空いた時間、分を利用して、自分の日常を、いや"時分常"を、記録することをいいます。
いわば、リアルタイム日記、あるいは、ディレイドタイム日記です。

とここまで書いて、そういえば、似たようなことを、昨年、テレビで番組で紹介していたことを、突然、思い出しました。

検索して調べてみると、"ライフログ"や"時間ログ"というキーワードが見つかりました。
私の"時分記"に近い概念が、今や普通のアイデアとして、常用語になっているようです。しかも、それを支援する、アプリケーションさえも出回っているようです。

ということは、私のアイデアも、実は、顕在的に忘れてはいたけれど、その概念が潜在的な記憶となって脳の奥底にとどまっていて、なにやらいろいろ考えているうちに、そこから、じわじわと滲み出した結果、編み出されたような気がします。

しかし、IT機器を駆使するライフログや時間ログは、私のアイデア、時分記と似ているようで、実は、大きく異なっています。ライフログは、ディジタル化することによってそう呼ばれるのに対し、時分記は、ディジタル化はどちらでもよいのです。

そして、時分記の目的は、これらを集大成してビジネスに利用するというようなことではなくて、今という時間を充実させることにあり、時分記を残すことはあくまで手段なのです。

"時分記"の現状とその狙いは、次のとおりです。

狙い:
  • 記憶の補助、支援、代替
  • 時分という短いサイクルで過去を振り返ることにより、短いサイクルで、未来を見つめ直。そして、今の自分が望むことをする...
  • そのことにより、自分の行動を、評価し、修正し、予測することもできる。すべてが自分の選択による自分の責任!
  • これからの時間が、怠惰なヒマつぶしの時間であっても、それは、自分が予定し、決断した行動である、と言い切ることにより、怠惰なヒマつぶしの時間も、意味のあるものになる。
  • "今、この時"が、自分の時分として、身近になる。
現状:
  • 24時間単位に記録できるダイアリーを購入し、時間があるたびに、それまでの行動を記録
  • 行動の記録は、短い単語で十分
  • 記録したとき(時分)に、次のようなことを考え、必要であれば、メモをとる
  • 過ぎた時分は、満足できる内容であったか?
  • それは、あらかじめ、予定し、準備したことであったか?
時分記という概念が生まれた背景:
  • 2013年、ダイアリーを4つ用意し、これを適当に、使いまわし始めた:
  1. 携帯用ポケット・ダイアリー(ビジネス手帳サジェス:博文館新社):  予定・結果・メモ用、時間の記録もできる
  2. 予定専用ダイアリー(能率ダイアリー: キャレルB6バーチカル-ブラック): : 予定を時間単位に書き込める。   はじめは、これに予定と結果の両方を記載する予定だったが、このダイアリーは、8時から22時までしか時間の枠がなく、週末が簡略形式になっていて、午前・午後の枠しかないので、記録をするには機能能不足があり、次の24時間記録できるダイアリーを追加購入した
  3. 24時間記録用ダイアリー(サジェス24 B6 :博文館新社): 24時間の記録できる。ただし、単語を並べるくらいのスペースしかない。ほとんど空白の、寝ている時間帯は、目標の達成状況の記録用に使っている
  4. 実績専用ダイアリー(能率ダイアリー: キャレルB6ウィーク-レッド): 実績というよりも、これは従来の日記にあたる。1ページが4日分なので、記入できるスペースは少ないが、今のところこれで足りている。
  • なんとなく始めた時分記、やっているうちに、今、何をしなければならいか、ということを、以前のように悩まなくなった。 
  • 潜在意識その2
  1. 「選択日記をつければ、選択したときの心の状態がわかる。そうすれば、ときにトリッキーに働く記憶に信を置くのではなく、明確に綴られた過去をたどることができる。そして、自分の傾向や特性、間違っていたことも分かってきて、そのうちにうまく調整ができるようになる.....」上記は、The Art of Choosing (邦題『選択の科学』シーナ・アイエンガー、文芸春秋)にある、選択日記を書くことの勧め。これが印象に残ったこと(2012年4月ころ)を思い出したが、例によって、そのことさえ忘れていた。
  2. Afterwodに、選択日記を勧める一文*があり、その理由をもっと知りたいために、早く読める日本語版を買ったのだが、生憎、日本語版には、そのページはなかった。
    *
    I recommend that you keep a choice diary......Write down what your main options were, what you choice, your reasons/motivations for the choice you made , and what your expectaions are for the future...

手帳・ダイアリーについても、ページを改めなければなりませんが、これまでとの違いを簡単に要約すれば、次のようになります。

これまで
  • 手帳型や卓上型ダイアリーは、会社員時代、毎年入手して利用していたが、それを1年間通して真面目につけたことは一度もない。
  • 理由は、その手帳やダイアリーが使いにくかったこともあるが、本当は、活用の仕方を自分で決めていなかったことである。
  • また、電子手帳や、パソコン上のソフト、等を、思いつきベースで併用していたので、結果として、スペースの多い手帳・ダイアリーを毎年残すこととなった。
今年から
  • 4つの手帳とダイアリーと、その他のツールの役割を決め、それぞれの目的に合わせて使うようにしたので、今のところ、混乱はない
  • 重複や抜けを、敢えて、気にしないことにしたので、互いに他のツールを補完して、うまくいっている
というわけで、"時分記"あるいは"時分記システム"は、「今、この時」を充実させるひとつのツールとなりうる、というのが結論です。
  • 短いサイクルで、過去を振り返り、未来を見つめ直すことによって、無駄を最小・最少にできる
  • 結果として、無駄をも予定の範囲に収めることができる。
  • もちろん、充実した時間を極大化することが、本来の狙いである
as of  3/6/2013 2/22のブログを修正

2013/01/23

運をためせ

運をためせ


 新しい標語 "運をためせ" を作った。
「 いちごあたまよ、運をためせ!」 となる。

 "あたま"は、この4~5年使っている私の標語で、私の修行の目標でもある。
 かつて勤めていた会社の社長が、社員向け会議・ミーティングの挨拶の中でよく使っていたものをそのまま拝借したのだが、頭に”いちご"をつけてみて、ますます気に入リ、facebookのロゴにも採用し、名刺にも使っている。しかし、語呂なのか何なのか、何か物足りなさを感じていたことも、確かだった。

  "運をためせ"は、その物足りなさの原因を突きつめたうえで、その解決策を示す、今年、2013年の目標である。"運をためせ"の、"運"は運動の運、”を”は、Outoutを表す”を"、"ため"は、世のため、人のための”ため"、”せ"は整理・整頓の”せ"であリ、毎日行うことの目標である。

"あたま": "明るく、楽しく、前向きに"は、物事を行う上での態度や姿勢、心構えを言ってはいるが、何を行うかには触れていない。それはそれでよいのだが、それだけでは、行動の指針としては不足である...ということに今年の初めにようやく気が付いた。

そこで作った2013年の目標、"運をためせ"、このごろ物忘れが多いので、記録しておかないと自分でも忘れてしまいかねないし、個人的なことだから他の人にも推量しがたいだろうと思い、説明や解説ふうに、Outputしてみることにする。

1.運 (運動=健康)

運動の運を一番最初に持ってきたのは、運動をして健康を保つことが一番大切であるということを示している。週に1~2度の、準備運動もそこそこのテニス・レッスン通いだけでは、健康を長く維持することはできない。ウオーキング、ステップ上り下り運動、long breath... 何でもいい、とにかく毎日、やったら〇をつける。

2.を (お < Output)

テレビを見たり、新聞を読んだり、本を読んだりと、inputは十分すぎるほどしている。しかし、outputは驚くほどしていない。inputしたものの感想、ひらめいたことのメモ、ちょっとしたことのまとめ....
何でもいい、とにかく毎日、outputをしたら〇をつける。

3.ため (世のため・人のため)

仕事をしている人は、直接、間接に"世のため・人のため..."につながっている。しかし、仕事をしている人は、そのことに気が付いていないかもしれない...仕事をするのが一番良いのだろう。機会と縁があれば...
そのための意志を保ち、意欲を高めなければならない。ボランティア活動、アルバイト、ちょっとした用足し....
何でもいい、とにかく毎日、世のため・人のためになったと思ったら〇をつける。

4.せ ("せい"でもよい:  整理・整頓)

整理・整頓 ! 欲張らずに、この1項目だけでも良い。健康によくないこと、Inputだけ、世のため・人のためにならないこと、自分のためだけのこと、やりっぱなしで片付かないこと....は、毎日山ほどある。これらを片付けられれば.......
何でもいい、とにかく毎日、少しでも整理・整頓をしたと思ったら〇をつける。

上記の4項目、意識して、テンションを高め、やろうとしないとなかかなやらないことなので、目標にしてみたが、目標にしてから、10日以上たった今、はたして、〇はいくつ付いたか...