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増えた体重を減らすべく、 久しぶりに走りました。 昭和の森公園をあちこちグルっと回って、約7km、1時間半ぐらいかかって帰りました。 Garminのレポートは、"平均 14:12分/km "と表示しているので、とっても遅いペースです。 最後に走った10か月前の記録を見ると、2kmを13分ぐらいで走っていましたから、その半分のスピードになります。 と書くと、"随分体力が落ちたんだな"という感想が出てきそうですが、実は、要した間の半分は、写真や動画を撮っていた時間です。 何も持たずに出かければ走ることに専念でき、本来の目的に資することができたのですが、ナップサックにちょいとiPhoneを入れたばかりに、こんなことに... と言って、嘆いているわけではありません。 初めて、花をつけたあの八重桜の下をくぐることができたし、下夕田池(しもんたいけ))の主の白鳥とのコミュニケーションもできたのですから。 ふくらはぎなどの筋肉痛は、2日間続きました。 4/13 曇り空の昭和の森公園 以上facebook版 久しぶりのランニング(いや、ランニングではなくジョギング、それも歩くよりはちょっと速いペースなので、スロージョギング)、きっとすぐ疲れるだろうから、ゆっくり休みながら行こうと家を出ました。 自宅前から公園の入り口前までは約1.2km、信号のところで止まった以外は、息も切れなかったので、公園の端から端まで、ノンストップで回ってみようという気になりました。 めんどくさいことがようやく終わると、ランニングなのですが、できないことは。 久しぶりのランニング、いや、ランニングというよりはジョギング、歩くよりはちょっと速いペースのスロージョギングなので、疲れたらすぐに休むつもりでした。 すぐに疲れるだろうと覚悟して出かけたのに、自宅前から公園の入り口前まで約1.5km続けて走っても、まだまだ疲れず、ずっと続けられそうな気がしたので、公園を一回り、ノンストップで回ってみようという気になりました。 テニス・コートも封鎖され、身体を動かさなくなたことに加えて 確定申告の期限が1か月延びて、学生でもないのに学生症候群、さらに期限が延びる気配にこれではいけないとようやく意を決して、一...

妄想 それとも 暴走

NHK「課外授業 ようこそ先輩」という番組で、林真理子"先生"が、"妄想” をテーマにし、子どもたちへ「十年後のシンデレラ」 の世界を妄想した物語を書くように、との課題を出す、 というのをやっていました。 中学時代、ひどいイジメにあい、その危機を“妄想” の力で乗り越えられたそうです。 エンターテイメントとしては面白かったのですが、教育現場、 そして、NHKということを考えると、 言葉としては、 妄想* よりも、 想像あるいは空想、連想、夢想、 あたりが適切ではないのかなと思いました。 個人のあたまの中だけで閉じている妄想は、たとえ表 に出ても害がなければ 許されるのでしょうが、それが癖になると困ります。 ヒトのあたまの仕組みは、自覚している妄想であっても、 温めすぎると、虚像と実像の区別が本人でも分からなくなってしまうことがよくありますからね... (エッ、どこかの市長さんのような発想になっていますか?) *妄想   ( 出展Wikipedia) 妄想 (もうそう:delusion)とは、非合理的かつ訂正不能な思いこみのこと。 妄想を持った本人にはその考えが妄想であるとは認識しない(むしろ 病識 がない)場合が多い。 精神医学 用語であり、根拠が薄弱であるにもかかわらず、確信が異常に強固であるということや、 経験、検証、説得によって訂正不能であるということ、内容が非現実的であるということが特徴とされている。 日常的な会話でも用いられることもあるがそのときはいかがわしい考えや空想を表し、必ずしも病的な意味合いを含むわけではなく軽い意味で使われている。 小説や映画などは、 本当に見せかけた嘘のストーリーでも問題はない、しかし、 その嘘が実話の世界で展開されるとなると、話が違う... ということですかね。 明らかに嘘とわかる、あるいは、 その嘘を見破ることができればニコニコしていられますが、 本当だと思っていたものが実はそうでないということが分かったら 、だまされた、と言って怒り出すか、気分を悪くします。 しかも、いい話だ...と気を許して、 感動さえしていたわけですから。 "願望"も注意を要します。特に、歳をとってくると... こうなりたい、こうしたい、という気持ちは、子供や若い...

確定申告締切前日のインターネット切断

まだ、確定申告書作成中です。 締め切りは明日。決算書作成がまだなのに、午前、インターネット の接続ができなくなって、さあ大変... 外は雨、風も強くなり、外と同じように、私の気持ちも低気圧.. 実家(ADSL)では、ここ数年、インターネットの接続が時々切 れることがあります。ほぼ一年前にモデムを取り換えてもらったと いうのに。 その後もよく接続切れが発生するので、気が向いたときに、つまり 、気分が低気圧のときに、苦情の電話をしてきました。ほとんどの 場合、電話をするときには回復しているので、様子を見よう... ということに落ち着き、そのままの状況が続いていました。 午前、故障受付に電話すると、「今(修理対応が)混んでいますか ら、明後日では...」という応答。 「とにかく明日までに作成して送付(e-Taxで)しなければな らないのだから...」と、低気圧の私の、大きくなった声が幸い したようで、しばら くして、修理の人がやって来ました。 その時には、いつものように接続が回復していました。 モデムにPCを接続して、何やら回線の検査をしている様子、 「インターネットの接続が切れるときは、必ず天気が悪い...」 という私の声が聞こえたのかどうか、小さく唸るような声... そして、「絶縁が悪いみたい。ちょっと、見てきます。」と外へ出 ようとします... 「止まるのは困るんです! 止まるんならば、明後日以降にしてください。」 「10分でも?」 「10分ならいいです。」 「1時間は?」 「それも、いいです。」 しばらくして修理のおじさんが戻って来ました。 今度は大きな声で、自信にあふれた顔でした。 電柱の上の腐食した引き込み線を修理したそうです。 「混線状態になる寸前ぐらいだった...」 インターネット回復。 その後、決算処理の作業は、ほんの少しだけ進みました... 完了予定は、明日、午前、いや、午後... ところで、誤解のないように言っておかねばなりませんが、青色申 告といっても、町の写真展奨励賞ぐらいしか収入のない、自遊業の 私の決算は、ただ赤字の処理をするだけです。 確定申告関連システム、当初、とてもとても、とっつきにくかった のですが、だんだん慣れてきて、このごろでは、税務の仕組みが分 かったような気になり、"なかなかいいシステムである...

ミラメイズ(立体迷路)

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facebookで投稿した写真 に写りこんでいた茶色の物体(建物)、3/15にオープンするミラージュランドのアトラクションで、迷路だそうです。先ほどのニュースで知りました。 5階建ての立体迷路で、ゴールまで25分ぐらいかかるとか。迷ったら、抜け出せる脱出口もあるそうです。 http://www.nice-tv.jp/~mirage/ 私は今、脱出口のない迷路にはまって、1週間以上... 締切が迫っている確定申告の画面は、ずっと入り口のまま... 学生症候群にも陥っています。 さあやろうと思うと、カメラやレンズのことが気になってそちらの方に迷い込み、一向に進みません。 しかし、昨日、魚津漁港で初めてお会いした、ニコンD800に1360gもある80-400mm の望遠レンズをつけて軽々と歩いていた、蜃気楼研究会のTさんとお話したおかげで、少し糸口が見つかりました。 ① D800Eかな...少なくとも、Dfは対象から抜けたかな... そして、今は、必ずしも、フルサイズである必要はないかな...とも.. ② D7100、または、D5300...でも.. 添付のミラメイズの写真{上)は、D5200で撮った写真(下)から切り出したものですが、それなりに、しっかりと写ってます。 GPS、WiFiをつけたD5300が、Expeed4という新しい画像処理エンジンでどう進化したのか、あるいはしないのか、を確かめたくなりました。 ③ それとも、フルサイズ用の明るいレンズを先行投資... ④ 何もしない 確定申告が間に合って少し戻ってきたとしても、上記①②③のどれにもちっとも貢献しないので、今年の桜の写真は、今のままで行くしかない....というのが、落ち着く先でしょう。 いや、脱出口 かな ...

物語 あるいは ストーリーについて

*千葉ロッテにドラフト一位で入団した石川歩投手をご存知ですか。この人、魚津市の出身です。魚津西部中学(中略)・滑川高校・中部大学・東京ガスを経て千葉ロッテに入団です。ドラフトで巨人とロッテが指名したくらいだからきっと活躍すると思います。 久しぶりに友人から便り*(上記)が届いたのに、次のようなぶっきらぼうな返事を返してしまいました。対する返事はまだ来ていません... とりつく島もない返事に、きっと、気分を悪くしたのでしょう... 富山にいるとき、ニュースとして耳に入ってきたような気もしますが、あまりあたまに残っていません。とてつもなく背が高いとか、同級生の息子であるだとか、何か物語があると関心が出てきて注目するようになるのですが... 物語を求めるのは、歳のせいですかね。 自分の物語は毎日それなりに展開しているのですが、よそさまに知らせたいというような事態は、そうそうおこりません。 それなら、意図的に物語を作れば材料になる...とばかり、昨日、魚津の海辺で写真を撮ってきました。 https://www.facebook.com/media/set/?set=a.508237985953311.1073741947.100003013410776&type=1&l=b117da9812 あとひと月もすれば、また桜を撮りに出かけたくなります。 4月の初めごろは、少なくとも千鳥ヶ淵の桜を撮りたい、よいレンズか、よいカメラで....と思うと、あれこれ悩みます。 この返事を書いたのは、3月5日。 私の返事の中に"物語"という言葉が出てきたのは、「現代のベートーべン」とされた人のスキャンダルを契機に、"物語" あるいは"ストーリ"という言葉が、テレビや新聞で頻繁に語られるようになって、それまで自分ではあまり具体的に考えたことがないその意味が、無意識にも自分の頭の中「モノガタリ」を作り、どこかでの出番を待っていたからに違いありません。 "物語" あるいは"ストーリ"という言葉がいつの新聞記事であったかを調べてみたら、2月27日と、3月3日のことでした。 「物語」に囲まれて 浸りきってもいいのかな 作家・高橋源一郎 (論壇時評)...

軽妙な文章を書けるようになりたい...

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「電子証明書の期限が切れ、更新が必要になった」ということを主理由にして、千葉に向かいました。 途中のほくほく線沿線、豪雪地帯は、 まだまだ雪に覆われています。 すれ違い待ちの駅、ふと外を見ると、何か迫ってくる雰囲気があって、思わずiPhoneのカメラを向け、何枚かを連続して撮りました。 新幹線に乗り換えた後、この写真に次のメッセージをつけ、 facebookに投稿 しました。 ほくほく線沿線、雪が多いのに春を感じます。 撮った写真にも、春を感じさせる何かが写っているのかどうか、季節をずらしてみなければ分かりません... 思っていることを表現できるように、いろいろ試行錯誤した後の文なのですが、うまく言い切れず、何かもの足りなさが残ったままでした。 そして、千葉ホームに帰ってから、結局、次のコメントを追加しました。 軽妙な文章を書きたい...  と題して。 モヤッとかすんだ空気のせいなのか、雪に反射する光のせいなのか、短くなった影の長さなのか、それとも、つい先日上市川の清流に感じたものをこの川にも感じたのか...春を感じさせるものが何なのかがわからず、ポカポカと暖かい新幹線の車内で投稿しました。 疑問だったのは、この写真を見た方が、書いている当人と同じように、写真から春を感じるかどうかでした。 元の文は、伝えたいことをうまく表現できていない感じがしたので、下記のように変えようとしたのですが、くどい感じがして、結局、修正しないことにしました。 「ほくほく線沿線、雪が多いのに春を感じます。 写真に、春を感じさせるモノが写っていてほしいのですが、撮った当事者には、客観的な判断ができません... ときをずらせてみれば分かるのかもしれません...」 木曜日 20:23 最初の投稿をしたのは、15:44、その時は、新幹線に乗り換えてから30分以上経っていました。 I君からの、16:38づけの次のメールが入ってきたのは、新幹線を降り、30分以内に買い物を終えようと、丸善でエスカレーターをあわてて昇り降りしていたころのことです。 日本の野球は何であんなに弱弱しくなったのでしょうか?    昨夜のキューバ戦なんか、 最近の便秘は加齢か手術のせいだとばっかり思っていたのに「 サムライジャパン」...

日記よりは時分記

日記よりは時分記 <要約>  時分記とは、日記のように、1日の終わりに、まとめてその日のことを書くのではなく、空いたとき(時間、分)を利用して、自分の日常を、いや"時分常"を、記録することをいいます。   "リアルタイム記"、あるいは、"ディレイドタイム記"とよべば、もっとわかりやすでしょうか... 時分記をすると、時・分という、短いサイクルで過去を振り返ることができ、そのことにより、短いサイクルで、未来を見つめ直すことができます。   “時分記"は、"じぶん記"とも読めます。自分の記録: "時分記"、あるいは"時分記システム"は、「今、この時」を充実させる仕組みです。 たとえば、これから過ごすひとときが、怠惰なヒマつぶしの時間であったとしても、それが、自分で確認し、決断した行動であれば、そうでなければムダとしか言いようのない時間でも、意味のある重要なときになるのです。 "短いサイクル"とは、突き詰めれば、"今"という点になります。点である今の上で、自分の行動を、評価し、予測し、修正することができるようになる、あるいは、そう思えるようになることが成果です。 その点が連続して線として見えるとき、線上の点の一粒一粒が、満足して過ごした生活の刻々の流れを物語って、まぶしく光って輝くでしょう。 <詳細> 10代の終わり、そして、20代のころ、毎日、日記をつけていた時期があります。 なぜ、日記を続けられたのか、要因を考えてみました。 毎日のように、新しいことや印象深いことが身の回りに起きて、これを記録しなければという気持ちが、自然と内からわいてきた。 若かったから、まだ知らないことがいっぱいの世の中で、感受性も高く、日常生活のほとんどのことが物珍しかった。 また、わからないことや自分への課題も、次々と発生していた。 起こったこと、体験したことの一つ一つのことは、そのまま記憶にとどまっていた。覚える努力をする必要がなかった。 "あれから40年"(綾小路 きみまろさんの口調で読んでください...)、こ...

運をためせ

運をためせ 公開 友達 知り合い以外の友達 自分のみ カスタム 親しい友達 明治大学 すべてのリストを見る... 入善 千葉市地域 家族 Internet Literacy 日本アイ・ビー・エム IBM 知り合い 戻る  新しい標語 "運をためせ" を作った。 「 いちごあたまよ、運をためせ!」 となる。  "あたま"は、この4~5年使っている私の標語で、私の修行の目標でもある。  かつて勤めていた会社の社長が、社員向け会議・ミーティングの挨拶の中でよく使っていたものをそのまま拝借したのだが、頭に”いちご"をつけてみて、ますます気に入リ、facebookのロゴにも採用し、名刺にも使っている。しかし、語呂なのか何なのか、何か物足りなさを感じていたことも、確かだった。   "運をためせ"は、その物足りなさの原因を突きつめたうえで、その解決策を示す、今年、2013年の目標である。"運をためせ"の、"運"は運動の運、”を”は、Outoutを表す”を"、"ため"は、世のため、人のための”ため"、”せ"は整理・整頓の”せ"であリ、毎日行うことの目標である。 "あたま": "明るく、楽しく、前向きに"は、物事を行う上での態度や姿勢、心構えを言ってはいるが、何を行うかには触れていない。それはそれでよいのだが、それだけでは、行動の指針としては不足である...ということに今年の初めにようやく気が付いた。 そこで作った2013年の目標、"運をためせ"、このごろ物忘れが多いので、記録しておかないと自分でも忘れてしまいかねないし、個人的なことだから他の人にも推量しがたいだろうと思い、説明や解説ふうに、Outputしてみることにする。 1.運 (運動=健康) 運動の運を一番最初に持ってきたのは、運動をして健康を保つことが一番大切であるということを示している。週に1~2度の、準備運動もそこそこのテニス・レッスン通いだけでは、健康を長く維持することはできない。ウオーキング、ステップ上り下り運動、long breath......

桜めぐり

ふるさと推進員の講座で教わったフォト・ムービ- で作ってみました。 http://www.youtube.com/watch?v=wyPuWUh6HbQ

日々鍛錬する過程が大切で、試合はその結果に過ぎない

「日々鍛錬する過程が大切で、試合はその結果に過ぎない」 英国代表チームのコーチ中野の柔道観 1月8日の朝日新聞、特集:Road to London 絆 #5; 日々鍛練 日英を結んだ【柔道 中野裕子コーチ vs ソフィ・コックス】より  " 基本練習を積み重ねることなく試合に勝つことだけを考える英国流 に辟易した。彼らは地味でつらい「打ち込み」も嫌った。" "中野はソフィが「ほかの英国選手とはちょっと違う」と感じた。 「練習で量をこなす重要性を彼女は理解していた」" "五輪テスト大会では、銅メダルを取った。「これいらない。 色が違うから」と冗談っぽくメダルを投げかけたソフィに、 中野は「やめてよ。これを磨けば金になるから」と返した。" 勝負に勝つための言葉であり、 プレッシャーに負けないで平常心を保つための言葉でもあり、 スポーツだけではなく、すべてに通じる良い姿勢だと思いました。 同様の趣旨の言葉はほかでもたくさん目にしたように思いますが、 昨日目にしたのも縁、還暦を過ぎた自分への言葉でもあり、 そうありたいという願望がいっぱいの、 むずかし言葉かもしれません。しかし、 チャレンジする人たちが一様に持っている尊い心がけです。

2012 年賀状

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あけまして おめでとうございます      黒部川の扇状地と千葉を行き来する      あたま(*)の修行継続中です  始めたこと 膝関節症対策のためのテニス教室通い 二十年ぶりのテニス、転んで一回転したとき 合気道の受け身が役に立ちました 自遊業 グーグル・サイトを利用した 公民館ホームページづくりのお手伝いや 富山インターネット市民塾の 地域コミュニティー活動への参加 やめたこと/控えたこと ストレスをためること 夜九時以降の飲食 継続中 「越中おわら節」は、少し息が続くようになり、  高い音域も喉で転がせるようになりました 友に任せきりの野菜作り 老母との禅問答 皆様のご多幸をお祈り申し上げます 平成二十四年 元旦   いちご あたま  * あたま (明るく 楽しく 前向きに) のあたまに  いちご/一期の一語を つけ加えました

ヒスイ海岸に並行するタカラ探し小屋

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北陸線越中宮崎から市振方面に向うと、左手に、うらぶれ た小屋が次々と目に入ってきます。かつての漁(宝)のた めの小屋(?)(漁師小屋?なんと呼ぶのかわかりません が)海岸と並行して50軒ぐらい並んでいます。 いつも見ている風景ですが、風間先生の話を聞いて意識が 変わり、たとえ列車の窓のガラス越しでも、雪の降るくす んだ空と海でも、電車のスピードが速くて少し見にくくと も、撮ってみようという気になりました。 宮崎海岸はヒスイ海岸と呼ばれ、夏にはオートキャンプ場 がにぎわうところ。しかし、小屋の並ぶあたりは、建物が 少しずつ傾いていくためだけに時間が流れているような静 かなたたずまいです。 どの小屋にも、節穴から向こうが見通せるような隙間があ りそうで、ちょっと中に入ってみたくなるような不思議な 魅力をもっています。もっと良くみようと、流れる小屋に 首を回しながら目を凝らしても、スーッと右から左に流れ ていき、また、右から次の小屋が見えてきて、また去って いきます。今にも崩れ落ちそうに見えながら、秋にも、夏 にも、春にも、去年も、その前の年も、ずっとそこにそう して、建っていて、流れていきました。 新潟県との県境、境駅というのがあったような気がして調 べてみましたが、記憶違いでした。「井波駅がなくなって 結ステーションになった」という2日前に刷り込まれたス トーリーの影響でしょうか。実際にあったのは、境の関所 ...つまりは昔の駅...! です。 今度、電車ではなく、歩いてそばに行き、写真を撮ってみ たい....  — 場所:  越中宮崎ー境川

映画「RAILWAYS 愛を伝えられない大人たちへ」

一昨日、黒部市のコラーレで、映画「RAILWAYS 愛を伝えられない大人たちへ」を観てきました。 富山県だけかもしれませんが、テレビや新聞での宣伝も多いので、関心がないわけでもなかったのですが、わざわざ観にゆくきっかけになったのは、これも「I love 南砺ふるさとコミュニティ」関連です。 交流会で隣に座った人が、 富山県ロケーションオフィス (富山県内での映画撮影をスムーズに行うことができるようにするための富山県の総合的な窓口)の人で、ならば、何がどうなっているのかを確かめようと、足を運びました。 その日の感想: 映画としては、駄作 ! 。愛を伝えられない大人、第2の人生、仕事、定年、末期がんなど、世の中のキーワードをなぞってつないだだけのストーリーの間に、電車と私鉄沿線の風景がたくさん映っていて、富山弁の会話はあるものの、そのいずれにしても、そうなるべき必然性が感じられず、深い感動をもたらさないのです。 しかし、家に帰って、次のように紹介している Railways2公式サイト 、を参照して納得しました。 風光明媚な日本の風景の中を走る電車の映像を切り取りながら、決して大規模ではないけれど、地元の足として頑張っている地方鉄道に光を当てていきたい。そして、それが地方を元気にすることに繋がれば―。 「RAILWAYS愛を伝えられない大人へ」を富山市がスポンサーとなった観光コマーシャル・フィルムと見れば、とても明快です。撮影したスポットのすべてを、エンディングのクレジット・タイトルに載せていないのが不満に感じられるくらいです。 そして今日: 駄作は取り消し: 今朝はよい天気で、朝日岳、白馬岳などの峰々がはっきりと見え良い眺めです。 屋上で洗濯物を広げていると、川向いの方からガタガタゴトンという地鉄の電車の音が聞こえてきました。映画のことが思い浮かびます。 景色の(リアルの)美しさは、感動そのもの。気持を明るくし、ゴタゴタがあっても蹴散らす作用があります。 RAILWAYSは、美しい景観を並べて、観る人の脳裏に焼きつけることを狙っており、小さな人間の間に起こる生活のああだこうだストーリーは附録みたいなもの. 狙いはしっかりはたされています。 熱気・におい・語調などのリアリティーを欠くネットの社会は、発信されているコンテンツが本当かどうかをかぎ分...

ひねもすのたり症候群

ひねもすのたり症候群 一昨日は、本年度第1回目の英検の日でしたが、受験しませんでした。 受験の申込をしなかったからです。 申込をしなかった理由は簡単、5/20の試験申し込みの期限を逸したからです、うっかりと。 夏休みの宿題のように、簡単にすぐできることを期限ぎりぎりまでに引き伸ばし、結局締め切りの最後の日にエイヤーとやっつけることを、学生症候群(student syndrome)というそうですが、引き延ばして、結局間に合わなかったのはなんと名付けたらいいでしょう。 大惨事を招いたわけでもありませんが、頭脳メルトダウン症候群とでも... 息子は、"メルトスルー"がふさわしいと言います。 大事なことを適切なタイミングでやらなかった、できなかったのは、それを望んでいたのかも... 私A:じゃ、英語の勉強をつづけていましたか? 私B:いいえ。 私A:それでは、申込を必要なこととは思っていなかったわけですね。 私B:いいえ、ただ、勉強はしなくとも、試験は受けるつもりでいました。 私A:それで、合格すると思っていましたか? 私B:いいえ..... 私A:勉強しようと思えば時間はたっぷりあるでしょう。ほかにやらなきゃいけないことは何もないのに。 私B:ほかの楽しいことをしていました。 公民館のホームページ作りのお手伝い、補聴器のお試し、音読がなぜ英語の上達によいのかをわかりやすく説明するための資料作り、などなどです。 私A:それらの目的は何ですか? きちんとスケジュールして、時間を管理してやっているのですか? 私B:いいえ。 私A:思いつきで、成行きに任せて、一日をすごす...それは、「ひねもすのたり症候群」ですね。 ホームページ作りのお手伝い 公民館のホームページの更新がなかなか進まないことを聞いた人が、私がパソコン・メーカーの元社員だからできるはずと勝手に解釈して、昨年末に、話を持ち込んだのが、ことの始まりです。 「ホームページビルダー」は、初期のバージョンで少しいたずらをしたことはありますが、最新のバージョンを使ってホームページ作成のサポートをするとなると、勉強しなおすところから始めなければなりません。時間を割いてお手伝いし、ホームページを完成させたとしても、コンテンツの性格や、スタッフの経験・スキルを考えると、その後のメンテナンスや継続性が心配でした。...

切り抜きの効用

 友へのメールより 「  もしかしたらもっと生きられるという希望が出て来た今の方が 、死ぬしかないと思っていた前よりも、苦しんでいますね。  」 これは、山谷で「きぼうのいえ」 というホスピスを運営している山本美恵さんが、 これから死に行く人のcareをしているとき、 その人の心が解けてきたときのコメントです。 このメールの書き始めに、 たまたま飛び込んできたメッセージです。   このメッセージも山本美恵さんも、 私のあたまの中には何も残っていなかったのですが、私のメモ( Evernote) に残っていました。 昨年末(12/13)、 NHK「プロフェッショナル仕事の流儀」 で放映されていた時の感動がメモになっていたのです。   希望があるから苦しくなるというのは理解できます。 反対に、いや、同じかもしれませんが、『「無」、 悟れば生きる力』というのもあります。 「無の心」を自覚すれば、肩の力が抜け気持ちが軽くなって、 生きるエネルギーがわいてくる。でもね、 ぬるま湯につかっていたら悟れない。一度どん底に落ちたらいい。 欲も煩悩も迷いも薄らぎ、必死ではい上がるしかない。 じたばたせず、うろたえずに世の中をじっと見つめて好機を待つ。   出典  有馬頼底  臨済宗相国寺派管長  2008/11/12 朝日新聞夕刊より   Evernoteで、はじめに、探したかったのは、 先週土曜日( 4/23)の朝日新聞、天声人語 で紹介された島田陽子さん( 詩人)の次の詩でした。 滝は滝になりたくてなったのではない 落ちなければならないことなど 崖っぷちに来るまで知らなかったのだ 思いとどまることも 引き返すことも許されなかった  (この2行は 別のlink より) しかし、まっさかさまに 落ちて 落ちて 落ちて たたきつけられた奈落に 思いがけない平安が待っていた 新しい旅も用意されていた 岩を縫って川は再び走りはじめる  島田陽さんは、大阪万博のテーマ曲「世界の国からこんにちは」 の作詞者で、6年前にがんの手術をし、4/ 18に81歳でなくなったそうです。   「・・・導きください」とあったので、考えました。 考えが及ばないので、 半年から1年分たま...

手を合わせる

>アミダと向き合う時、あるいは他の仏さまでもいいが、 さて皆さん何を念じますか。   手を合わせて念ずると言えば、食事の前の「いただきます」 ですね。でもそれは、阿弥陀さまに向かってではないようです。 小学校の食堂の前の壁の張り紙に次のようなことが書いてあって、 感心したことを思い出します。 「いただきます」と言って感謝する対象は、 食事をテーブルに運んでくれた給食係のお友達、 食事作ってくれた方々、食材を学校まで運んでくれた人、 野菜や牛乳を作ってくれる農家の人たち、 そして自分の命を食べ物としてささげてくれた生き物たち お寺で手を合わせた記憶となると4年ほど前の中学同窓会の前の物 故者合同弔い会、「安らかに...」と念じたかも知れません。 実家の仏壇の前で手を合わせたのは1年半ほど前の報恩講。 お寺からのはがきが届いていたところへ、 檀家の世話役からの電話が入り、 お経をあげてもらうことにしました。私も母も、 滅多に仏壇を開かないので、 仏壇の扉はスムーズにあけるの難しく、 開ける度に少しずついたみます。   このようにお寺や仏壇の前は少ないのですが、 神社の前で手を合わせることは、時々あります。 4月6日、東京王子の稲荷神社で手を合せました。 会社の退職仲間(元同僚・先輩)で花見に出かけた際のことです。 鶯谷の子規庵を訪れた後、王子まで足を延ばし、 飛鳥山公園で桜を愛で、 時間つぶしの渋沢栄一史料館でこの人を再(?)認識し、 王子神社を経て王子稲荷神社へ。 敷地も広くて立派な王子神社では誰も手を合せなかったのが、 狭い崖っぷちにある稲荷神社では、その存在感に惹かれてか、 5人中3人がお参りしました。 帰り道、近くの饅頭屋さんによると、 王子稲荷神社はパワースポットとして有名ということで、 なるほどという感じがしました。   パワーが強いところというものは、 これまでにそこを訪れた人のいろいろなエネルギーが蓄積されてい て、その総和が少しずつ放出され、 訪れる人に迫ってくるのではないでしょうか。   高校野球で一生懸命にプレーする球児からパワーをもらう、 多く人の視線にさらされて美人になる、 屈託のない小学生の笑顔から元気をもらう、勇気をもらう、 力をもらう....こうしたプラスのパワーはもとより、 自分にないもの、欠...

命を命がけで予測しないゲンパツはゲンバツに処すべし

本日、富山から千葉に移動しました。千葉には1週間いる予定です。 道中の景色は、大惨事など何事も感じさせない、春に向かっての 穏やかな景色でした。 富山湾を抜けて新潟県に入ると、電車は海岸線沿いを走ります。 左手に青い海を垣間見ながら、親不知、青海を経て糸魚川へ。 もっとゆっくり海を見たいと思っても、トンネルや、高速道路が視界を遮ります。昔は、もっと海岸線沿いを走り、ゆっくりとしていて、よかった.... 糸魚川の手前姫川のあたりでは、海岸線のすぐ近くに、まだつながっていない北陸新幹線の高架線がポツン、ポツンと建っています。 昨日、富山のニュースで、佐渡の西側に2つの大きな断層があり、日本海に地震が起こったらマグニチュード7ぐらいのものが起こるであろうと報じていました。その時の津波に耐えられる設計がしてあるのだろうか、などと思いながら、止まっている工事の流れていく痕跡を眺めました。 予測した最大の規模に対応できるようにしていたけれども、予測を超えたのが今回の津波ということならば、その教訓は、予測する以上の規模を最大として対応すべきなのであろうか。予測以上の予測?? 経済しか考えないで、命を命がけで予測しなかったとしたら、ゲンパツは、ゲンパツに処すべし。 糸魚川で特急はくたかにり換え(14:38発)、直江津からほくほく線に入ると、新潟の内陸はまだ雪が残っていて、越後湯沢までずっと雪景色、白く輝やく山の稜線の間の細い平野を縫うように列車が走ります。 越後湯沢で新幹線に乗り換え、東京までは76分。利根川の作った平野では、麦なのか、広いはたけの緑が続いていました。 東京着は、17:20なので、入善(14:00発)からは3時間20分の旅です。 そこから千葉の自宅までが、もう一つの旅で、最寄りの土気駅についたのが、19:00でした。

脳はTo Do リストを自動的に作る

場所が変わると、見えるものが違ってくる。 目からの刺激で、しなければならないことが、次々に浮かんで来る。 目に入ったものが、自動的に、To Do リストに変換される。 今の時点でのなすべきことがリストアップされるのだ。 昨日の印象に残ったことが、そのまま浮かんでくる。それをOverrideする新しい経験・刺激がないから... さすれば、場所を変え、新しい刺激を断てば、やるべきことが見えてくる...はず さて、そのTo Doを具体化しようとMS Projectに向かったら、最初の1項目さえも浮かんでこない これを次のように、解釈した: あたまは、自動システムが働いていて、何をすべきかの連想ゲームは、環境が変わるほど活発に動く その自動化された連想を、論理的にまとめる作業は別システムで、連想結果を思考のインプットとして入力する手続きあるいはswitchが必要となる

英検における過去問の効用

昨日、英検1級の試験を受けてきました。 テスト日の2週間前、試験まではほかのことを極力避けて集中しようと決意し、勉強プランを作成。 生活に必要な時間----食事の準備と食事の時間、新聞やテレビのニュースの時間、運動不足解消のための踏み段ステップ運動....掃除はなし----以外のすべての時間を勉強に回そうと計画し、勉強の時間を約90時間としました. 千葉ではなく富山での受験を選択し、めんどくさくて効率の悪い通信講座の仕事を断り、母を施設に預け、おわら節のレッスンもお休みし....おまけに、雪が降り続いて外の仕事をする必要もなく、環境としては、絶好の条件でした。 しかし、結果として、実際に勉強した時間はその半分。それでも、これは私としては大変よい成果です。 試験は、これまでとはあまり変わらない出来ばえながら、"次またがんばろう"という気持ちが湧きました。 これまでと大きく違うところは、時間はかかるであろうが、「合格しよう」という意思が芽生えたことです。 その理由は..... 1月18日のNHKの番組「朝イチ」で、赤本"が高い値段で売れているということ知ったのが転機でした。 何十年も前の大学受験の過去問の問題を提供している本、通称"赤本"に関するそのニュースでは、次のようなことを報じていました。 過去の赤ホンの値段は、とても高い 例 大阪大学3万円、早稲田大学8万円... なぜ過去問が売れるかというと、実際の試験で、 過去の問題と同じもの、あるいは同じ傾向のものが、よくあるというのです ある高校の教師は、テレビでは顔を出さないようにしていましたが、私費で800冊もの赤ホンを購入/ストックしていて、それを生徒に勉強させて、結果を出しているというのです。その教え子の女子生徒が、同じ問題が出て合格した ことでキャーキャー喜んでいる様子も映し出されていました。 数年前、過去問を活用する宣言した大学として岐阜大学が紹介され、担当の教授が、次のようなことを言っていました 背景は、これまで何十年も新しい問題をつくることに格闘してきたために、よく考えさせるような新しい問題をつくるのが難しくなってきたということ かつて同じ問題であれば出題ミスと言われるようなこともあったが、いまはそのようなこともなくなった 目標とする試験に過去問をやるのは...

2011 年賀状

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あけましておめでとうございます。 至福の小学校の勤めも昨年三月で終り、いまは、 黒部川の扇状地と千葉を行き来して、あたま--明るく、楽しく、前向きに--を鍛える修行をしています。 頭だけに依存する 家事や片付けが先か自分のやりたいことが先かを決めるために、プロジェクト・マネジメントの手法や「もしドラ」を適用してみたり、 「白熱教室」よろしく、家の周りの杉の木(*)を伐る のが正義かどうかを考えたり、 時間を節約するために入手したiPadやiPhone、Kindleに 時間を奪われたりする、 過ごし方よりも、 七月から始めた「越中おわら節」のレッスンで、声を 張り上げて汗を流したり、 炎天下、幼馴染の指導・協力のもと、畝を作り、種を捲 き、水をやり、「間引きが必要なのは、種が互いに競争 して育つかららしい」という説に耳を傾けたり、 「今はまだ去年か」などと問う老母との禅問答 等々、 人との触れ合いを伴う活動の方が、あたまを、よりよく 働かせてくれると実感しています。 本年も、よい年でありますよう、お祈り申し上げます。 平成二十三年 元旦 *風に飛ばされた杉の枯れ葉の始末は、 シジフォスの神話のような繰り返し作業。 木を伐ってしまえば、後片付けの仕事は無くなるものの、 この地を冬の嵐からずっと守ってきた杉は、 樹齢百年を超えるものもあり....