読んでいたときの私の感想:
- 小説の中の状況や景色の表現の一つ一つに、作者がそれまでの人生で経験したことが50%あるいは100%誇張されて表現されているような印象がする。
- スジは徐々におもしろくなってきたが、そのことよりも、個々のディテールが目立ち、行き過ぎな表現だとは思いながらも、そうだそうだとうなづく。
- 小説家は、こうしたディテールを常日ごろ部品として使えるように準備していて、作品としての製品を作る過程で、これらを加工・微調整しながら、全体の中に配置し納めていくのだろうな。
- おもしろかったのは:
妻と娘と一緒に遊園地に行った翌日から11年間、妻との対話をしないでいたのに、「家を建てよう」という言葉が、停止していたビデオ・テープを開始させるボタンのように働いて、再び家族の生活が始まる、というところ。
その後読んだ選評は、そういう捉え方もあるのかという選者の視点がおもしろく、そこから、選者の人となり考え方が伝わってきました。
さらに、受賞者インタビューでは、三井物産に勤めるというサラリーマン作家の人となりや小説にこめた意図などを知ることができ、久しぶりに気持ちのよい朝になりました。
小説は、書いた人、選んだ人を知るためのものかもしれない
などと思ったすぐ後で、いやその前に、それを読んで、そこから何を感じるか、考えるかという、自分を知る手立てなのだ、と思いなおしました。
『終の住処』の書評等: お勧めというわけではありませんが、参照した記録として。
2009/08/22 11:06
http://www.book.janjan.jp/0907/0907217521/1.php
http://ameblo.jp/tonton3/entry-10312377910.html
http://d.hatena.ne.jp/sakstyle/20090517/1242574247
http://pokemon.at.webry.info/200908/article_14.html
http://blog.livedoor.jp/nina313/archives/51293890.html
http://book.akahoshitakuya.com/b/410317711X
http://www.honsagashi.net/bones/2009/08/post_1564.html
http://blogs.yahoo.co.jp/gogokoniyan/49165706.html
http://essaysinidleness.net/review/bookreview/20090725001343.html http://saysei.blog.drecom.jp/archive/1097
http://natsuo-omodaka.no-blog.jp/qualia/2009/08/post_4c4d.html
http://www.honnomushi.com/review/2009_08/0003.htm
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