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増えた体重を減らすべく、 久しぶりに走りました。 昭和の森公園をあちこちグルっと回って、約7km、1時間半ぐらいかかって帰りました。 Garminのレポートは、"平均 14:12分/km "と表示しているので、とっても遅いペースです。 最後に走った10か月前の記録を見ると、2kmを13分ぐらいで走っていましたから、その半分のスピードになります。 と書くと、"随分体力が落ちたんだな"という感想が出てきそうですが、実は、要した間の半分は、写真や動画を撮っていた時間です。 何も持たずに出かければ走ることに専念でき、本来の目的に資することができたのですが、ナップサックにちょいとiPhoneを入れたばかりに、こんなことに... と言って、嘆いているわけではありません。 初めて、花をつけたあの八重桜の下をくぐることができたし、下夕田池(しもんたいけ))の主の白鳥とのコミュニケーションもできたのですから。 ふくらはぎなどの筋肉痛は、2日間続きました。 4/13 曇り空の昭和の森公園 以上facebook版 久しぶりのランニング(いや、ランニングではなくジョギング、それも歩くよりはちょっと速いペースなので、スロージョギング)、きっとすぐ疲れるだろうから、ゆっくり休みながら行こうと家を出ました。 自宅前から公園の入り口前までは約1.2km、信号のところで止まった以外は、息も切れなかったので、公園の端から端まで、ノンストップで回ってみようという気になりました。 めんどくさいことがようやく終わると、ランニングなのですが、できないことは。 久しぶりのランニング、いや、ランニングというよりはジョギング、歩くよりはちょっと速いペースのスロージョギングなので、疲れたらすぐに休むつもりでした。 すぐに疲れるだろうと覚悟して出かけたのに、自宅前から公園の入り口前まで約1.5km続けて走っても、まだまだ疲れず、ずっと続けられそうな気がしたので、公園を一回り、ノンストップで回ってみようという気になりました。 テニス・コートも封鎖され、身体を動かさなくなたことに加えて 確定申告の期限が1か月延びて、学生でもないのに学生症候群、さらに期限が延びる気配にこれではいけないとようやく意を決して、一...

妄想 それとも 暴走

NHK「課外授業 ようこそ先輩」という番組で、林真理子"先生"が、"妄想” をテーマにし、子どもたちへ「十年後のシンデレラ」 の世界を妄想した物語を書くように、との課題を出す、 というのをやっていました。 中学時代、ひどいイジメにあい、その危機を“妄想” の力で乗り越えられたそうです。 エンターテイメントとしては面白かったのですが、教育現場、 そして、NHKということを考えると、 言葉としては、 妄想* よりも、 想像あるいは空想、連想、夢想、 あたりが適切ではないのかなと思いました。 個人のあたまの中だけで閉じている妄想は、たとえ表 に出ても害がなければ 許されるのでしょうが、それが癖になると困ります。 ヒトのあたまの仕組みは、自覚している妄想であっても、 温めすぎると、虚像と実像の区別が本人でも分からなくなってしまうことがよくありますからね... (エッ、どこかの市長さんのような発想になっていますか?) *妄想   ( 出展Wikipedia) 妄想 (もうそう:delusion)とは、非合理的かつ訂正不能な思いこみのこと。 妄想を持った本人にはその考えが妄想であるとは認識しない(むしろ 病識 がない)場合が多い。 精神医学 用語であり、根拠が薄弱であるにもかかわらず、確信が異常に強固であるということや、 経験、検証、説得によって訂正不能であるということ、内容が非現実的であるということが特徴とされている。 日常的な会話でも用いられることもあるがそのときはいかがわしい考えや空想を表し、必ずしも病的な意味合いを含むわけではなく軽い意味で使われている。 小説や映画などは、 本当に見せかけた嘘のストーリーでも問題はない、しかし、 その嘘が実話の世界で展開されるとなると、話が違う... ということですかね。 明らかに嘘とわかる、あるいは、 その嘘を見破ることができればニコニコしていられますが、 本当だと思っていたものが実はそうでないということが分かったら 、だまされた、と言って怒り出すか、気分を悪くします。 しかも、いい話だ...と気を許して、 感動さえしていたわけですから。 "願望"も注意を要します。特に、歳をとってくると... こうなりたい、こうしたい、という気持ちは、子供や若い...

確定申告締切前日のインターネット切断

まだ、確定申告書作成中です。 締め切りは明日。決算書作成がまだなのに、午前、インターネット の接続ができなくなって、さあ大変... 外は雨、風も強くなり、外と同じように、私の気持ちも低気圧.. 実家(ADSL)では、ここ数年、インターネットの接続が時々切 れることがあります。ほぼ一年前にモデムを取り換えてもらったと いうのに。 その後もよく接続切れが発生するので、気が向いたときに、つまり 、気分が低気圧のときに、苦情の電話をしてきました。ほとんどの 場合、電話をするときには回復しているので、様子を見よう... ということに落ち着き、そのままの状況が続いていました。 午前、故障受付に電話すると、「今(修理対応が)混んでいますか ら、明後日では...」という応答。 「とにかく明日までに作成して送付(e-Taxで)しなければな らないのだから...」と、低気圧の私の、大きくなった声が幸い したようで、しばら くして、修理の人がやって来ました。 その時には、いつものように接続が回復していました。 モデムにPCを接続して、何やら回線の検査をしている様子、 「インターネットの接続が切れるときは、必ず天気が悪い...」 という私の声が聞こえたのかどうか、小さく唸るような声... そして、「絶縁が悪いみたい。ちょっと、見てきます。」と外へ出 ようとします... 「止まるのは困るんです! 止まるんならば、明後日以降にしてください。」 「10分でも?」 「10分ならいいです。」 「1時間は?」 「それも、いいです。」 しばらくして修理のおじさんが戻って来ました。 今度は大きな声で、自信にあふれた顔でした。 電柱の上の腐食した引き込み線を修理したそうです。 「混線状態になる寸前ぐらいだった...」 インターネット回復。 その後、決算処理の作業は、ほんの少しだけ進みました... 完了予定は、明日、午前、いや、午後... ところで、誤解のないように言っておかねばなりませんが、青色申 告といっても、町の写真展奨励賞ぐらいしか収入のない、自遊業の 私の決算は、ただ赤字の処理をするだけです。 確定申告関連システム、当初、とてもとても、とっつきにくかった のですが、だんだん慣れてきて、このごろでは、税務の仕組みが分 かったような気になり、"なかなかいいシステムである...

ミラメイズ(立体迷路)

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facebookで投稿した写真 に写りこんでいた茶色の物体(建物)、3/15にオープンするミラージュランドのアトラクションで、迷路だそうです。先ほどのニュースで知りました。 5階建ての立体迷路で、ゴールまで25分ぐらいかかるとか。迷ったら、抜け出せる脱出口もあるそうです。 http://www.nice-tv.jp/~mirage/ 私は今、脱出口のない迷路にはまって、1週間以上... 締切が迫っている確定申告の画面は、ずっと入り口のまま... 学生症候群にも陥っています。 さあやろうと思うと、カメラやレンズのことが気になってそちらの方に迷い込み、一向に進みません。 しかし、昨日、魚津漁港で初めてお会いした、ニコンD800に1360gもある80-400mm の望遠レンズをつけて軽々と歩いていた、蜃気楼研究会のTさんとお話したおかげで、少し糸口が見つかりました。 ① D800Eかな...少なくとも、Dfは対象から抜けたかな... そして、今は、必ずしも、フルサイズである必要はないかな...とも.. ② D7100、または、D5300...でも.. 添付のミラメイズの写真{上)は、D5200で撮った写真(下)から切り出したものですが、それなりに、しっかりと写ってます。 GPS、WiFiをつけたD5300が、Expeed4という新しい画像処理エンジンでどう進化したのか、あるいはしないのか、を確かめたくなりました。 ③ それとも、フルサイズ用の明るいレンズを先行投資... ④ 何もしない 確定申告が間に合って少し戻ってきたとしても、上記①②③のどれにもちっとも貢献しないので、今年の桜の写真は、今のままで行くしかない....というのが、落ち着く先でしょう。 いや、脱出口 かな ...

物語 あるいは ストーリーについて

*千葉ロッテにドラフト一位で入団した石川歩投手をご存知ですか。この人、魚津市の出身です。魚津西部中学(中略)・滑川高校・中部大学・東京ガスを経て千葉ロッテに入団です。ドラフトで巨人とロッテが指名したくらいだからきっと活躍すると思います。 久しぶりに友人から便り*(上記)が届いたのに、次のようなぶっきらぼうな返事を返してしまいました。対する返事はまだ来ていません... とりつく島もない返事に、きっと、気分を悪くしたのでしょう... 富山にいるとき、ニュースとして耳に入ってきたような気もしますが、あまりあたまに残っていません。とてつもなく背が高いとか、同級生の息子であるだとか、何か物語があると関心が出てきて注目するようになるのですが... 物語を求めるのは、歳のせいですかね。 自分の物語は毎日それなりに展開しているのですが、よそさまに知らせたいというような事態は、そうそうおこりません。 それなら、意図的に物語を作れば材料になる...とばかり、昨日、魚津の海辺で写真を撮ってきました。 https://www.facebook.com/media/set/?set=a.508237985953311.1073741947.100003013410776&type=1&l=b117da9812 あとひと月もすれば、また桜を撮りに出かけたくなります。 4月の初めごろは、少なくとも千鳥ヶ淵の桜を撮りたい、よいレンズか、よいカメラで....と思うと、あれこれ悩みます。 この返事を書いたのは、3月5日。 私の返事の中に"物語"という言葉が出てきたのは、「現代のベートーべン」とされた人のスキャンダルを契機に、"物語" あるいは"ストーリ"という言葉が、テレビや新聞で頻繁に語られるようになって、それまで自分ではあまり具体的に考えたことがないその意味が、無意識にも自分の頭の中「モノガタリ」を作り、どこかでの出番を待っていたからに違いありません。 "物語" あるいは"ストーリ"という言葉がいつの新聞記事であったかを調べてみたら、2月27日と、3月3日のことでした。 「物語」に囲まれて 浸りきってもいいのかな 作家・高橋源一郎 (論壇時評)...

軽妙な文章を書けるようになりたい...

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「電子証明書の期限が切れ、更新が必要になった」ということを主理由にして、千葉に向かいました。 途中のほくほく線沿線、豪雪地帯は、 まだまだ雪に覆われています。 すれ違い待ちの駅、ふと外を見ると、何か迫ってくる雰囲気があって、思わずiPhoneのカメラを向け、何枚かを連続して撮りました。 新幹線に乗り換えた後、この写真に次のメッセージをつけ、 facebookに投稿 しました。 ほくほく線沿線、雪が多いのに春を感じます。 撮った写真にも、春を感じさせる何かが写っているのかどうか、季節をずらしてみなければ分かりません... 思っていることを表現できるように、いろいろ試行錯誤した後の文なのですが、うまく言い切れず、何かもの足りなさが残ったままでした。 そして、千葉ホームに帰ってから、結局、次のコメントを追加しました。 軽妙な文章を書きたい...  と題して。 モヤッとかすんだ空気のせいなのか、雪に反射する光のせいなのか、短くなった影の長さなのか、それとも、つい先日上市川の清流に感じたものをこの川にも感じたのか...春を感じさせるものが何なのかがわからず、ポカポカと暖かい新幹線の車内で投稿しました。 疑問だったのは、この写真を見た方が、書いている当人と同じように、写真から春を感じるかどうかでした。 元の文は、伝えたいことをうまく表現できていない感じがしたので、下記のように変えようとしたのですが、くどい感じがして、結局、修正しないことにしました。 「ほくほく線沿線、雪が多いのに春を感じます。 写真に、春を感じさせるモノが写っていてほしいのですが、撮った当事者には、客観的な判断ができません... ときをずらせてみれば分かるのかもしれません...」 木曜日 20:23 最初の投稿をしたのは、15:44、その時は、新幹線に乗り換えてから30分以上経っていました。 I君からの、16:38づけの次のメールが入ってきたのは、新幹線を降り、30分以内に買い物を終えようと、丸善でエスカレーターをあわてて昇り降りしていたころのことです。 日本の野球は何であんなに弱弱しくなったのでしょうか?    昨夜のキューバ戦なんか、 最近の便秘は加齢か手術のせいだとばっかり思っていたのに「 サムライジャパン」...

日記よりは時分記

日記よりは時分記 <要約>  時分記とは、日記のように、1日の終わりに、まとめてその日のことを書くのではなく、空いたとき(時間、分)を利用して、自分の日常を、いや"時分常"を、記録することをいいます。   "リアルタイム記"、あるいは、"ディレイドタイム記"とよべば、もっとわかりやすでしょうか... 時分記をすると、時・分という、短いサイクルで過去を振り返ることができ、そのことにより、短いサイクルで、未来を見つめ直すことができます。   “時分記"は、"じぶん記"とも読めます。自分の記録: "時分記"、あるいは"時分記システム"は、「今、この時」を充実させる仕組みです。 たとえば、これから過ごすひとときが、怠惰なヒマつぶしの時間であったとしても、それが、自分で確認し、決断した行動であれば、そうでなければムダとしか言いようのない時間でも、意味のある重要なときになるのです。 "短いサイクル"とは、突き詰めれば、"今"という点になります。点である今の上で、自分の行動を、評価し、予測し、修正することができるようになる、あるいは、そう思えるようになることが成果です。 その点が連続して線として見えるとき、線上の点の一粒一粒が、満足して過ごした生活の刻々の流れを物語って、まぶしく光って輝くでしょう。 <詳細> 10代の終わり、そして、20代のころ、毎日、日記をつけていた時期があります。 なぜ、日記を続けられたのか、要因を考えてみました。 毎日のように、新しいことや印象深いことが身の回りに起きて、これを記録しなければという気持ちが、自然と内からわいてきた。 若かったから、まだ知らないことがいっぱいの世の中で、感受性も高く、日常生活のほとんどのことが物珍しかった。 また、わからないことや自分への課題も、次々と発生していた。 起こったこと、体験したことの一つ一つのことは、そのまま記憶にとどまっていた。覚える努力をする必要がなかった。 "あれから40年"(綾小路 きみまろさんの口調で読んでください...)、こ...