2010/09/02

風の盆

昨日、八尾まで足を延ばし、初めて「風の盆」の踊りを見てきました。
おわら節にはかつてほとんど関心がなかったのに、この変わりようには自分でも驚いています。

もっと驚いたのは、入善や黒部、魚津の山沿いと似たような地形の八尾の町が、豊かな街並みを残して今も栄えている(ように見えた)というところです。

諏訪町という通りは、電柱を取り外し、いしだたみを施し、人工的に整形された古い街並みながら、日本の道百選に選ばれたようで、踊りの流しを待つ1時間に感じた地元の人の誇りも相当のものでした。

諏訪町の踊りには、細い通りにびっしり詰まっていた見物客を、除雪した雪のように道の両脇へ追いやり、踊りのためのスペースをしっかり確保する役割の人がいて、見物人を厳しく取り仕切ります。

ここから動くなと移動を制限されてから、待つこと小一時間。お花というご祝儀をもらうと、その場所の前で丁寧に踊るので、前に進むのが遅くなるらしく、100mぐらいを進むのに1時間もかかりました。

その前に、見物した上新町の踊りは、混雑していても、観客は自由に移動して観ることができ、踊りの流れもスピードがあり、30分で終わりました。
踊り手は、控えの場所から出て踊り始めの坂の上に移動するとき、これからスポーツの試合でも始まるかのように、盆踊り風の掛け声をかけあって、若々しいエネルギーが期待を盛り上げました。踊りの前を、三味線、胡弓、太鼓、音頭取りが先導し、おわら節の歌は一節ごとに年配の歌い手が交代して歌いあげます。

踊りの流し方は、11の保存会ごとにそれぞれの特徴があるということです。
観光客・見物人として目の前の歌と演奏を初めて体験した上新町の踊りは、自由な雰囲気の楽しい踊りでした。
ずいぶん待たされた諏訪町の踊りは、初めてという感動がない分、歌と踊り以外のことが目につき、管理の行き届いたスノビズムの踊りという印象しか残りませんでした。


町流しについては、素人の感想ではなく、通のコメントができるようになりたいと思います。


駐車場に帰るシャトルバスは最終23時ということなので、諏訪町の踊りが目の前を過ぎた22時20分ぐらいに、時間切れで帰りました。

バス乗り場に戻る途中の道端で、三味線、胡弓を持って歌う浴衣姿の3人---50-60歳の男性と、20歳代ぐらいの女性---の歌う前に、それに聴き入る人が立っていて、自分もその中に入ってみたくなりました。

2010/09/01

田舎と都会

富山と千葉を往復するときにいつも感じるのは、人のたたずまいの密度の違いです。

8月31日、友を見舞った後、松戸からの東京への常磐線の沿線は、住む平面の飽和状態が徐々に垂直の方向にも飽和度を増し、幾重にも重なる屋根や屋上のはるか向こうに建設中の東京スカイツリーが見えはじめ、だんだん大きく高く見えてきました。その間の視界には、ビル建設用のクレーンがニョキニョキ伸びていて、ますます密度を濃くしようとしています。

一方、入善・黒部から越後湯沢を経て新幹線で関東平野に出るまでは、緑の間にポツンポツンと人が住んでいるところがあるだけ。
おさな馴染みは、子供が都会に出て行ってしまった今、田舎のこの家をどうしようかと、問います。

入善の明文堂では、新聞の書評で見た本はほどんど見つからないが、丸の内丸善に行けば、山積みになっているその実物を手にとって、パラパラめくってみることができる....

混雑した東京を避けて設けた外房線沿線の我が家も、入善と比較すれば都会。人工の町です。

入善の実家は、自然の道(というよりは、かつての道)を分断して、農業の都合に合わせて整地された人工の自然です。

人工の住まいは、何も手をかけないで放っておくと、草木はのび放題となり、家は朽ちてしまいます。
人工を育て保つには、強い意志が求められます。

人工が生き残って文化になります。

2010/08/19

決断の反対: Inertia

勝間和代訳の本「「史上最強の人生戦略マニュアル」(フィリップ・マグロー著)の第1章に、"間違った4つの行動パターン"というがあります。


第1章は「問題がひとりでに解決することは、絶対にない」というもので、以下の目次を眺めれば、何が書いてあるかの大筋が推測できるでしょう。

    • 誰もあなたに代わって闘ってはくれない
    • 今の方法でうまくいかないなら、せめて他のやり方を検討しよう
    • たいていの人が、自分自身をだましている
    • 間違った4つの行動パターン
    • 今すぐ、事態を変える
    • 意思ではなく、結果に焦点をあわせる
    • 正しいかどうかではなく、うまくいっているかどうか


第1章 「間違った4つの行動パターン」は、起こすべきアクションをとらない、自分をだます態度について書いています。

たいていの人は、自分に難しい質問をぶつけず、自分の本当の性格や態度を勅使せず、成功するための努力を無にする肝心な問題に取り組まないことによって、自分をダマしている。

そのような間違った行動の4つのパターンは次の4種類:
    1. 否認
      放っておけばますます複雑になるだけなのに、現実を受け入れず、事実に対処する代わりに、「こんなことが起こるはずがない」と、理由をつけ、否定に執着する。
    2. 仮定に追従
      都合のいい仮定の状況を想定し、それが現実であるように決めてつけて、本当かどうか、あるいは正確かどうかを調べない
    3. 無気力
      恐怖や否認によって生じた麻痺状態
      受け入れるのが苦痛に思えることを否定してそのままにしている
    4. 偽りの仮面をかぶる
      困難に耐え抜いててみせると言い張って、得られる助けをもはねつける

この4つのパターンは、原文では次のようになっています。

    1. denial
    2. making initail assumptions
    3. inertia
    4. deceptive masking

ここで話題にしたかった"Inertia"が出てきます。

"inertia"を辞書で引くと、頻度の高い意味として、"不活発、怠惰、無気力.."という意味が出てきますが、私の知っていた意味はその次に出てくる"慣性、惰性、慣性力.."だったので、原文で読んだ時にとても納得してしまいました。

何かをやるにあたり、今やっていることを即座にやめてすぐに新しい行動に移らなければならないときに、それができない現象、その症候群に、"慣性"の意味を持つ用語を当てるとは、なんとぴったりした表現でしょう。「これだ!」と感動してしまったのです。
それは、単なる心理学的な分析の結果ではなく、脳科学的に人間共通の特性を示しているのではないかとさえ思いました。

思えば、小学校の時から、そうでした。

    • つまらないテレビ番組をだらだら見てしまう
    • 夏休みの宿題に着手できない
    • 試験勉強
    • 受験勉強
    • 主題(重要なこと)はそれでないことがわかっているのに副題(重要でないこと)から手をつける
    • 去った人は戻らないことがわかっているのに、あれやこれやと(思い、......)続ける
    • 忘れるためには、かけた時間だけ必要などと、切り替えられない
    • 本当に、本気になってやれば、もう少し上達したであろう、英語の勉強
    • 完全禁煙までの不完全禁煙10年
    • 午前中には、あれをやりたいこれをやりたい、と思ってすぐにでもできそうに思うのに、午後2時頃になると、そのうちの一つさえ怪しくなってくる
    • 応募しても採用されないことがわかっているのに、そのうちに応募しないことを自分で決めてしまっていることがわかってきたのに、それでも応募書類を書いている......=>「応募取りやめの決断」(中身はカラ、請うご期待)
    • 部屋の片づけ
    • 本当に、本気になってやれば、もう少し上達するであろう、英語の勉強
    • ディジタル・テレビへの買い替え
    • 補聴器購入
    • 返事を書かなきゃと思っているメールへの返事
    • PCのpasswordの更新
    • ダイエット
    • 運動
    • このページを書くまでの、2か月

どうも、"いま何かを続けているから、次の行動に移りにくい"というinertiaのイメージを拡大解釈しているようです。
"何かを続けている"の中に、"何もしないことを続ける"ことも含めてしまっています。
そして、"必要なことをすぐに始められない"というあらゆる現象をlリストアップしたくなりました。

しかし、書けないことが、忘れたのか、すぐに思い出せないのかがわからなくなってしまっているので、この件、ここらで中断です。