妄想 それとも 暴走
NHK「課外授業 ようこそ先輩」という番組で、林真理子"先生"が、"妄想” をテーマにし、子どもたちへ「十年後のシンデレラ」 の世界を妄想した物語を書くように、との課題を出す、 というのをやっていました。 中学時代、ひどいイジメにあい、その危機を“妄想” の力で乗り越えられたそうです。 エンターテイメントとしては面白かったのですが、教育現場、 そして、NHKということを考えると、 言葉としては、 妄想* よりも、 想像あるいは空想、連想、夢想、 あたりが適切ではないのかなと思いました。 個人のあたまの中だけで閉じている妄想は、たとえ表 に出ても害がなければ 許されるのでしょうが、それが癖になると困ります。 ヒトのあたまの仕組みは、自覚している妄想であっても、 温めすぎると、虚像と実像の区別が本人でも分からなくなってしまうことがよくありますからね... (エッ、どこかの市長さんのような発想になっていますか?) *妄想 ( 出展Wikipedia) 妄想 (もうそう:delusion)とは、非合理的かつ訂正不能な思いこみのこと。 妄想を持った本人にはその考えが妄想であるとは認識しない(むしろ 病識 がない)場合が多い。 精神医学 用語であり、根拠が薄弱であるにもかかわらず、確信が異常に強固であるということや、 経験、検証、説得によって訂正不能であるということ、内容が非現実的であるということが特徴とされている。 日常的な会話でも用いられることもあるがそのときはいかがわしい考えや空想を表し、必ずしも病的な意味合いを含むわけではなく軽い意味で使われている。 小説や映画などは、 本当に見せかけた嘘のストーリーでも問題はない、しかし、 その嘘が実話の世界で展開されるとなると、話が違う... ということですかね。 明らかに嘘とわかる、あるいは、 その嘘を見破ることができればニコニコしていられますが、 本当だと思っていたものが実はそうでないということが分かったら 、だまされた、と言って怒り出すか、気分を悪くします。 しかも、いい話だ...と気を許して、 感動さえしていたわけですから。 "願望"も注意を要します。特に、歳をとってくると... こうなりたい、こうしたい、という気持ちは、子供や若い...